本当の査定額は、
媒介契約のあとに言われる
家の査定を何社かに頼むと、同じ部屋に違う数字が並びます。一番高い会社に頼みたくなるのが自然です。ただ、その数字が「売れる額」ではなく「媒介契約をもらうための額」だったとき、本当の査定額は契約のあとに言われます。そういう査定があります。私たちが実際に立ち会った打合せの数字と、宅地建物取引業法が査定に求めていること、首都圏の中古マンションの調査から、頼む前に聞く一つのことを整理します。
- 同じ部屋に三つの数字=成約事例(実際に売れた値段)・査定(業者の意見)・売り出し価格(売主が決める値段)。三つとも、出す人の立場が違う。
- 媒介契約のあとに出てくる、反響が少ないので少し下げましょう、相場が動いたので見直しましょう、といった言い方は、最初から高く見せていた場合の言い方の例。本当に相場が動いたときの見直しとは別。
- 法律=宅地建物取引業法34条の2。媒介契約書には「売買すべき価額又はその評価額」を書き、その価額について意見を述べるときは「その根拠を明らかにしなければならない」。国の運用指針は、根拠を価格査定マニュアルや同種の取引事例など合理的な説明がつくものとしている。
- 首都圏の中古マンション(東京カンテイ・2024年)=1か月以内に決まった物件の値引き率は平均2.41%、44.4%は値引きなし。4か月かかった物件は6.54%。
1. 同じ部屋に、三つの数字があった
私たちが売主側の仲介として立ち会った、あるマンションの一室の売却です。地名・階・間取りは伏せ、金額は丸めます。
打合せの席で、売主さんが最初に聞いたのは、いくらで出せるか、でした。私たちの査定は5,000万円弱。根拠は事実の数字です。少し前に、同じ建物の一つ上の階が、やはり5,000万円弱で売れていました。階が一つ上でその値段なら、この部屋はそこから少し下と見る。打合せで私たちはこう説明しています。「どこの会社さんも事実に基づいて提案しなきゃいけない中で、やっぱりこれが基準になってくると」。
ただし、このマンションは売れた部屋の数が少ない。同じ席で「いかんせん事例が少ない」とも言っています。事例が少ないと判断が難しく、査定の数字にも、その分の幅が出ます。
三つ目の数字は、売主さんが決めた売り出し価格です。成約事例より800万円あまり高い値段でした。売主さんにはそう選ぶ事情があり、その値段でいま市場に出しています。結果はこれからです。
私たちも高く出しているではないか、と思われたかもしれません。違うのは、査定を高くしたのではなく、売り出し価格を売主さんが決めたことです。査定は5,000万円弱のままです。成約事例、査定、売り出し価格。同じ部屋に三つの数字があるのは、三つとも出す人の立場が違うからです。
2. 媒介合戦=高い査定は、契約をもらうための額
では、根拠なく6,000万円に近い数字を出す会社があるとしたら、何を見ているのか。売主さんの心理です。家を売る人は高く売りたい。だから、高い査定を出した会社に頼みたくなる。その心理に合わせて査定を高く出すのが、私たちの業界で「媒介合戦」と呼ばれる売り方です。
打合せで私たちは、自分たちにも同じことができると正直に話しています。「高い査定を出せば媒介契約獲得できるっていう路線でいくと」、6,000万円に近い数字を出して、「うちで売った方が高く売れますよって営業をかけます」。そうしなかったのは、紹介してくださった先生の案件で、事実に基づいた数字で進めると決めていたからです。同時に「ただちょっと硬すぎる数字ではと思うので」とも伝えています。査定は意見であって、当たる保証はありません。
媒介合戦の査定額は、売れる額ではありません。媒介契約をもらうための額です。契約を結んだあとで、会社から別の数字が出てきます。反響が少ないので少し下げましょう、相場が動いたので見直しましょう。これは言い方の例で、本当に相場が動いたときの見直しは別の話です。最初から高く見せていた場合、理由をつけた値引きの提案が続きます。最初の6,000万円は、その家の値段ではなく、契約を取るための数字だった。一番高い査定は、一番高く売れる約束ではありません。契約のあとに、下げましょうと言われることのある数字です。
3. 法律は、根拠を明らかにすることを求めている
査定は業者の「意見」ですが、法律は意見の出し方を決めています。宅地建物取引業法34条の2は、媒介契約を結んだ業者に、遅滞なく書面を作って依頼者に渡すことを求め、その書面に「当該宅地又は建物を売買すべき価額又はその評価額」を書くことを定めています(1項2号)。そして2項。「宅地建物取引業者は、前項第二号の価額又は評価額について意見を述べるときは、その根拠を明らかにしなければならない」。
根拠とは何か。国土交通省の「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(令和8年4月1日施行版)は、意見の根拠を「価格査定マニュアル(公益財団法人不動産流通推進センターが作成した価格査定マニュアル又はこれに準じた価格査定マニュアル)や、同種の取引事例等他に合理的な説明がつくものであること」とし、根拠は「必ずしも依頼者の納得を得ることは要さないが、合理的なものでなければならない」、明示は「口頭でも書面を用いてもよい」としています。
つまり、媒介契約書に書く価格について業者が意見を述べるなら、聞かれなくても根拠を明らかにしなければなりません。根拠が示されていなければ、遠慮なく説明を求めてください。同じ条文は、専任媒介契約の有効期間は3か月を超えられないこと(3項)、他の業者にも重ねて依頼できるかを書面に書くこと(1項3号)も定めています。契約の形と期間を先に知っておくと、あとで下げましょうと言われたときの選択肢が変わります。契約の種類ごとの違いは、媒介契約の選び方にまとめています。
4. 高く出して残ると、何が起きるか
高く出して、売れなければ下げればいい。そう思う方は多く、打合せでも私たちは「多くの方はだいたいある程度高いところで出す」と話しています。別の打合せで、私たちはこう説明しました。「例えば5500万円で売れる不動産を、スタートを6000でいったのと」「スタートから5500でいったので、どっちが先に売れるか」。
売り出しは、買う人だけが見ているのではありません。街の不動産会社も見ています。長く残っている物件は、高かった物件という印象を持たれやすい。その席での言葉は「やっぱり高かった不動産で残ってるんだなっていう業界的な印象を与えると、ちょっと長期化しやすい」でした。この印象がつくと、業者は、ここまで残っているなら値引きが通るはずだ、と見るようになり、集めるのは買う理由ではなく値切る材料になります。物件は何も変わっていないのに、時間がたつだけで見え方が変わっていく。この流れは、別の記事高く売り出したら、かえって安く売れたで、実際の9か月の経過を追っています。
数字でも確かめます。東京カンテイが首都圏の中古マンションについて、売り出しから成約までの期間別に値引き率(価格乖離率)を調べた公表資料では、2024年に1か月以内で決まった物件の値引き率は平均−2.41%で、そのうち44.4%は売り出した値段のまま、値引きなしで成約しています。4か月かかった物件は−6.54%で、2倍以上に開きます。年によって開き方は違い、2023年は1か月以内が−2.61%、11か月かかった物件は−13.77%でした。
自分の家がその道に入りかけていないかは、案内の数で見ます。値段が合っていれば、週に2件から3件。業界で売れ残りと呼ばれ始めるのは3か月からと言われますが、日々市場を見ている感覚では2か月です。
ただし、正直に付け加えます。高く出して、そのまま高く売れることもあります。周りを見ると「結構まあ高めに売ってるとこ多いな」というのが実感で、相場が強く上がっているときは、待つことが効く場合もあります。問題は、いま待っていい状態なのかを、測らずに待つことです。目安として私たちはこう伝えています。「3ヶ月は一般的に適正価格だったら売れる期間ですね。チャレンジ価格でいくと半年とかには見ていただく」。その差を分かったうえで選ぶなら、高く出すのも一つの選び方です。
5. 頼む前に、聞く一つ
査定は何社に頼めばいいのか。数ではありません。どこに頼んでも、最初にこれを聞いてください。「その査定額の根拠は、成約事例ですか、それとも売り出し事例ですか」。
成約事例は、実際に売れた値段です。売り出し事例は、売れるかどうか分からない希望の値段です。さきほどの建物で言えば、一つ上の階は、売り出した値段と売れた値段に240万円の差がありました。売り出し事例を根拠にすると、その差のぶん高く見えます。査定は成約事例を土台に。そこから階や広さ、向きの違いをどう見たかまで聞ければ、なお良い。売り出し価格は、そのうえで売主さんが決めます。査定と売り出し価格は、別のものです。
戸建ての方は、同じ建物の事例がありません。近くで実際に売れた家を根拠にしているかを、聞いてください。
では、安い査定を出す会社が正直な会社なのか。そうとも限りません。事例が少ない建物では、正直な査定にも幅が出ます。だから、数字の高い低いではなく、根拠を聞く。すでに媒介契約を結んでいる方も同じです。いまの担当者に「根拠は成約事例ですか」と聞いてください。価格について意見を述べるときに根拠を明らかにするのは、法律が業者に求めていることです。
最後に一つ。査定を並べること自体は、悪いことではありません。最初の打合せで、売主さんから知り合いの会社にも頼みたいという話が出たとき、私たちはこう答えています。「両方で任せるっていうこともできますので、そこはお任せします」。一般媒介契約なら、複数の会社に同時に任せられます。自分の数字が硬すぎるかもしれない。だから、ほかの会社と並べて出していい。当社は、その形で構いません。
6. 売る前に、すること
一つ目。査定書に成約事例が載っているかを見てください。載っていなければ、根拠を聞く。口頭で構いません。
二つ目。査定額と売り出し価格を分けて考えてください。査定は業者の意見、売り出し価格はあなたが決める値段です。高く出すなら、いつまで待つか(3か月か、半年か)と、案内の数(週に2件から3件)という物差しを、出す前に決めておく。
三つ目。媒介契約書を渡されたら、価額の欄、契約の種類(専任か一般か)、有効期間(専任は3か月以内)を確かめてください。
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動画でも説明しています
この記事の打合せの数字と、媒介契約のあとに何が起きるかを、順に見ていく動画です。記事に書いていない部分(打合せの再現と、担当者の言い方の聞き分け方)も入れています。
売主側の仲介 株式会社ユーエスハウジング
よくあるご質問
査定額が一番高い会社に頼めば、高く売れますか?
一番高い査定は、一番高く売れる約束ではありません。査定は業者の意見で、売れる額を決めるのは市場です。売主が高く売りたい心理に合わせて査定だけを高く出し、媒介契約のあとに理由をつけて値下げを提案する売り方(媒介合戦)があります。高い低いで選ぶのではなく、その査定額の根拠が成約事例か売り出し事例かを聞いてください。
「媒介合戦」とは何ですか?
複数の不動産会社が同じ家の査定を出し、媒介契約(売る仕事を任せる契約)を取り合う場面で、契約を取るために実際に売れる額より高い査定額を出すことを、私たちの業界ではそう呼びます。その数字は売れる額ではなく契約をもらうための額なので、契約のあとに、反響が少ないので少し下げましょう、相場が動いたので見直しましょう、といった提案が続きやすくなります。本当に相場が動いたときの見直しとは別のものです。
査定額の根拠は、聞いてもいいものですか?
聞いてください。宅地建物取引業法34条の2第2項は、宅地建物取引業者が売買すべき価額や評価額について意見を述べるときは「その根拠を明らかにしなければならない」と定めています。国土交通省の運用指針は、その根拠を価格査定マニュアルや同種の取引事例など合理的な説明がつくものとし、口頭でも書面でもよいとしています。根拠が示されていなければ、遠慮なく説明を求めてください。
すでに媒介契約を結んでいて、担当者から値下げを提案されました。どうすればいいですか?
まず、最初の査定額の根拠が成約事例だったか売り出し事例だったかを聞いてください。次に、値下げの理由が本当に相場の動きなのか(同じ建物や近くで、最近いくらで売れたか)を確かめます。あわせて、案内の数(値段が合っていれば週に2件から3件が目安)と、売り出してからの期間(目安は3か月、挑戦する価格なら半年)を見ます。専任媒介契約の有効期間は3か月を超えられませんので、期間が切れるときに契約の形を見直すこともできます。
出典・参考
- 宅地建物取引業法 第34条の2(媒介契約)=1項2号(売買すべき価額又はその評価額)・2項(意見の根拠の明示)・3項(専任媒介契約の有効期間)・1項3号(他の業者への重ねての依頼の許否)。e-Gov 法令検索・2026年9月20日閲覧
https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC1000000176 - 国土交通省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(令和8年4月1日施行版)第34条の2関係 8「媒介価額に関する意見の根拠の明示義務について」
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001881261.pdf - 東京カンテイ「中古マンションの価格乖離率&売却期間(首都圏)」2025年7月31日公表=2024年(1ヵ月以内−2.41%・4ヵ月−6.54%・1ヵ月以内で価格乖離率0%のシェア44.4%)と2023年(1ヵ月以内−2.61%・11ヵ月−13.77%)
https://www.kantei.ne.jp/wp-content/uploads/123kairi_shuto.pdf - 打合せの記録=2026年7月と8月に私たちが同席した売却の打合せ(音声の記録から、言葉のまま引用)。売主さん・紹介元・物件は特定されない形にし、金額は丸めています。
この記事は一般的な説明です。打合せの数字は一つの案件のもので、金額は丸めており、結果はこれからです。「6,000万円に近い数字」は私たちがその場で例に出した見立てで、特定の会社がそうしているという意味ではありません。「媒介合戦」は私たちの業界の言い方で、すべての高い査定がそれに当たるわけではなく、事例の少ない建物では正直な査定にも幅が出ます。値引き率の統計は首都圏の中古マンションのもので、戸建てや土地で同じ数字になるとは限りません。個別のご判断は、査定の根拠と媒介契約書を確認してからになりますので、実際の売却にあたっては専門家にご相談ください。