立退料27万円で、
明け渡しが認められた家
立退料が27万円で、明け渡しが認められた裁判があります。家賃の6か月分です。一方で、一審では60万円と引き換えに認められた明け渡しが、高等裁判所では120万円を申し出ても認められなかった裁判があります。金額が逆です。決めたのは金額だけではありませんでした。この違いは、実家を貸したまま売るときに、買い手がいくらを出すかにも関わってきます。判決の要旨と、法務省が委託した137件の調査をもとに整理します。
- 法務省委託の調査(令和元年5月〜令和6年3月の裁判例のうち正当事由の判断が行われたと考えられる137件)で、正当事由が認められたのは73件(約53%)。ただしこれは裁判になった案件の中の割合で、自分の家で認められる確率ではない。
- 住宅の立退料は、建替えをめぐる立退訴訟の研究に載った住宅11件のうち高級賃貸1件を除く10件で42万〜400万円・家賃の8〜80倍。この集計だけから相場は示せない。
- 筆者個人の実務上の目安として、普通借家の家では明け渡しに伴う負担を家賃の12〜15か月分ほどと見込んで価格を検討することがある。すべての家に当てはまる数字ではなく、裁判上の立退料の相場でもない。
- 売る前にすること=契約書(種類・期間。定期借家は事前説明・終了通知の記録も)/入金の記録とやりとり/自分自身の事情を一枚に。急に退去を求めない。
1. 立退料27万円で認められた家
一軒目は、法務省委託の調査研究報告書で紹介されている、令和3年12月14日の東京地方裁判所の判決です。報告書には事案の要点が紹介されています。書かれていることは多くありません。建物は老朽化していました。ほかの部屋の借主はすでに退去していて、住んでいるのは借主ひとりだけ。そのため、建物としての収益性は著しく悪くなっていました。
貸主は、この建物を取り壊して、少なくとも駐車場にすると主張しました。裁判所は、それで収益性の問題を解決することには十分な合理性があると認めました。そして立退料は27万円。家賃の6か月分です。この報告書が示す立退料の最低額でした。
報告書に書かれているのは要点だけで、判決の全文は参照していません。27万円は「その事案の事情でその額になった」数字であって、相場ではありません。
2. 120万円でも認められなかった家
二軒目は、RETIO No.93で紹介されている、平成24年12月12日の東京高等裁判所の判決です。建物は昭和47年に建った木造の住宅で、裁判のときには築40年ほど。平成5年に、月額家賃6万1000円、別途共益費2000円で貸されました。借主は平成9年に亡くなり、妻が借主の立場を引き継ぎました。貸した人も平成21年に亡くなり、相続した人が貸主になりました。実家を貸したまま相続した方には、身近な形です。
平成22年7月6日、新しい貸主は契約の解約を申し入れ、明け渡しを求めました。通知だけで契約が終わるわけではなく、ここから正当事由があるかどうかが争われます。貸主の主張は、借金の整理のために土地を処分する必要がある、家賃収入は少なく土地を有効に使う必要がある、建物は築40年で建替えが必要で補強では解決しない、相当な額の立退料を払う用意がある、というものでした。借主の主張は、借りてから今までトラブルはなく家賃も共益費も遅れずに払ってきた、息子と娘と同居し、心臓の障害で障害者手帳の交付を受けていて、自身の収入は遺族年金だけ、貸主は多額の遺産を相続していて借金は返せるはず、収益が少ないなら家賃を上げれば足りる、倒壊のおそれはなく必要なら耐震工事で足りる、というものでした。
一審は、立退料60万円の支払いと引き換えに明け渡しを認めました。借主が控訴し、貸主は高等裁判所で立退料を120万円に上げると申し出ました。ほかの借主と和解したときと同じ金額で、一審で認められた額の倍です。ところが高等裁判所は一審の判決を取り消し、貸主の請求を退けました。
3. 判決が比べたもの
高等裁判所は、まず貸主の事情を見ています。多額の負債はあるが、相続で多額の資産も受け取り、相続税も納め終えていて、借金の支払いが滞っている様子もない。だから、建物や敷地を使ったり、敷地を売って有効に使ったりする差し迫った必要までは認められない。
次に建物です。税金の計算で使う木造住宅の耐用年数22年は大きく超えているが、住むのに格別の支障はない。判決要旨によれば、耐震診断の上部構造評点は0.96で、この建物の耐震工事は比較的容易であり、その費用も家賃の増額などによる応分の負担で対処できる。だから、古いから建替えが必要だという主張には理由がない。
そして借主の側です。月およそ9万円の遺族年金と、息子と娘からの生活費の援助で暮らしていて、生活のほとんどが現在の居住地で成り立っている。明け渡しをめぐる紛争が起きるまでは、貸主とのあいだにトラブルはなく、関係は円満だった。
そのうえで、120万円の申し出について。紹介された判決要旨では、この事案では双方が建物を使う必要性を比較しても正当事由を認め難く、120万円の立退料の申し出によっても補強できないとされています。
二つを並べると、決めたのは金額だけではないことが分かります。普通借家で、貸主が更新を断ったり解約を申し入れたりして契約を終わらせるには、正当事由が必要です(借地借家法28条)。立退料の申し出もその判断材料のひとつですが、貸主と借主それぞれが建物を使う必要性などを補うものであって、お金だけで必ず解決できる仕組みではありません。一軒目は、ほかの借主が退去して収益性が著しく悪化し、貸主に取り壊して駐車場にするという具体的な使い道がありました。二軒目は、借主が平穏に住み続けて生活がその居住地で成り立っていて、貸主にはその土地を今すぐ使う切実さが認められませんでした。ただし、ここで紹介した事情だけで二件の結果の違いをすべて説明できるわけではなく、要旨に載っているのは判断の一部です。立退料で正当事由を補える場合はあります。けれど、金額を上げれば必ず認められるというものではありません。
4. 数字で見ると
法務省委託の調査研究報告書(令和7年3月)は、令和元年5月から令和6年3月までの裁判例のうち、正当事由の判断が行われたと考えられる137件を分析しています。正当事由が認められたのは73件、約53%でした。73件のうち26件は、店舗兼住宅など営業との併用を含む居住用の建物です。報告書が示す立退料の最低額は27万円(一軒目)、最高額は8億3000万円で、こちらは住宅ではなくスーパーの店舗の事案で、営業補償などが含まれています。
住まいの立退料だけを並べたものもあります。建替えをめぐる立退訴訟を分析した島田博文氏の研究には、住宅が11件掲載されています。高級賃貸の1件(8300万円・表記倍率128倍)を除いた10件では、立退料は42万円から400万円、表に示された月額家賃の倍率で8倍から80倍まで幅があります。倍率で見ると8〜27倍が6件、それより上が4件です。
この集計だけから、どの家にも当てはまる相場を示すことはできません。家賃の何か月分という数字だけで自分の家の立退料を決めないことが大切です。また、73件・約53%は裁判になった案件の中の割合で、これから売る実家で明け渡しが認められる確率ではありません。話し合いで決まる案件は入っていません。
5. 貸したまま売るとき、買い手は何を引くのか
120万円を申し出ても明け渡しが認められなかった、という結果は、貸したまま売るときの値段にも関わります。買い手の使い方によって値段の考え方は変わり、家賃をもらい続ける前提で買う人もいます。ここでは、不動産業者に買い取ってもらう場合を考えます。買ったあとに建て替えたり、直して売り直したりする買い手は、まず、いつ家を使えるかを考えます。ところが、立退料を用意しても、その予定が立つとは限りません。高裁の件でも、立退料を申し出ただけでは明け渡しは認められませんでした。買い取ったあとに明け渡しを求める場合も、その家の事情が検討されます。話し合いがまとまらず、裁判で明け渡しを求める場合には、立退料とは別の費用や時間もかかります。金額や期間は、争点や控訴などが要るかどうかで変わります。
では、その分はいくら売値から引かれるのか。ここは、裁判所が決める立退料とは分けて考える必要があります。明け渡しを前提に買う場合、立退料そのものに加えて、必要な時間と実現の見通しが値段に影響します。私の実務では、普通借家の家について、明け渡しに伴う負担を家賃の12か月から15か月分ほどと見込んで値段を考えることがあります。私個人の目安で、すべての家に当てはまる数字ではありません。これは明け渡しに伴う負担の見込みで、一つの裁判で示された立退料(27万円)とそのまま比べることはできません。私が値段を考えるときは、立退料の見込みに加えて、明け渡しが実現するか、いつになるかも考えます。
私は、これまでの交渉の経緯も確認します。どんな申し入れや返答があったかは、売ったあとの話し合いにも影響することがあります。こじれているなら、明け渡しの見通しを慎重に見ます。普通借家では、貸主からの更新拒絶や解約申入れに正当事由が必要なので、明け渡しを前提に買う人は、その見通しも値段を考える材料にします。
6. 定期借家なら、どうか
契約の種類も見ます。期限の来る定期借家契約(借地借家法38条)は、書面などによる契約と更新がないことの事前説明という要件を満たし、期間が1年以上なら満了の1年前から6か月前までに終了の通知をしていれば、原則として期間の満了で契約が終わります。通知が遅れると、通知から6か月がたつまで終了を借主に対抗できません。契約が終わっても、その日に必ず退去が完了するとは限らず、残りの期間や契約の中身で買い手の評価は変わります。
普通借家と定期借家のどちらかで、買い手の引き算の前提が変わるのは確かです。ただし、定期借家であることだけで、売却価格への影響がなくなるとはいえません。残りの契約期間や契約内容、買い手の利用目的によって評価は変わります。契約書で種類と期間を確かめ、査定のときに伝えることが先です。
7. 売る前に、すること
貸したままの実家を売る前に、してほしいことがあります。買い手がいつ家を使えるか、その話をするために、まず契約書を出してください。普通借家か定期借家か、契約の期間はいつまでか。ここで買い手の引き算が変わります。定期借家の場合は、契約前の説明に使った書類や説明をした記録、終了通知の記録も、手元にあるものをそろえてください。期間が書いてあるだけでは、定期借家とは判断できません。
次に、家賃の入金の記録と、これまでのやりとりを並べます。いつから住んでいるか、支払いに遅れはあったか、退去について何を伝えてきたか。手元で分かることを書き出してください。二軒目でも、それまでの賃貸借関係や借主の生活状況が検討されました。貸主の事情や建物の状態とあわせて考慮された事情の一部です。確認のために急に退去を求める必要はありません。交渉の経緯は、売ったあとの話し合いにも影響することがあります。
そして、自分自身の事情です。なぜ売る必要があるのか、いつまでに売りたいのか、その期限にはどんな理由があるのか。一枚に書いて、査定を頼むときに伝えてください。ただし、売りたい事情があるだけで明け渡しが認められるわけではありません。二軒目では、貸主の資産や返済の状況、借主が住み続ける必要性もあわせて検討されました。査定を受けたら、借主がいることで値段にどのくらい影響しているのかを聞いてください。それが読めれば、売る時期と売り方を選べます。
ご自身の家の相場の目安を知りたいときは、おうち健診をお使いください。住所を入れると、近所の実際の成約から出した坪単価の目安が出ます。借主がいることの影響は、この目安には織り込まれていません。貸したままの実家のことでお困りなら、ご相談からお声がけください。契約書と経緯を、一緒に確かめます。
動画でも説明しています
この記事の2つの裁判を、判決の中身にそって順に見ていく動画です。記事に書いていない数字の読み方(賃料の何倍という集計が、なぜ自分の家の目安にならないのか)も入れています。11分あります。
売主側の仲介 株式会社ユーエスハウジング
よくあるご質問
立退料の相場は、家賃の何か月分ですか?
この記事で紹介した集計だけから、どの家にも当てはまる相場は示せません。法務省委託の137件の調査で最低額は27万円(家賃6か月分)、建替えをめぐる立退訴訟の研究に載った住宅11件のうち高級賃貸1件を除く10件では42万〜400万円、月額家賃に対する倍率は表の丸めた表示で8〜80倍と幅があります。普通借家の更新拒絶や解約申入れでは、双方が建物を使う必要性、これまでの経緯、建物の利用状況や状態、立退料の申し出などを踏まえて正当事由が判断され、立退料の額もその事情ごとに決まります。家賃の何か月分という数字だけで自分の家の立退料を決めないことが大切です。
立退料を多く払えば、出てもらえますか?
必ずではありません。この記事で取り上げた東京高裁の判決では、一審で60万円と引き換えに認められた明け渡しが、高裁では120万円を申し出ても認められませんでした。立退料の申し出は正当事由を判断する材料のひとつですが、貸主と借主それぞれの建物を使う必要性などを補うものであって、お金だけで必ず解決できる仕組みではありません。一方、別の事案では、家賃6か月分に当たる27万円の立退料で明け渡しが認められたと紹介されています。
貸したまま売ると、いくら下がりますか?
一律の数字はありません。買い手の使い方で値段の考え方が変わり、家賃をもらい続ける前提で買う人もいます。建て替えや再販を前提に業者が買う場合は、立退料そのものに加えて、明け渡しに必要な時間と実現の見通しが値段に影響します。筆者個人の実務上の目安として、普通借家の家では明け渡しに伴う負担を家賃の12〜15か月分ほどと見込んで価格を検討することがありますが、すべての家に当てはまる数字ではなく、裁判上の立退料の相場でもありません。
定期借家なら、値段は下がりませんか?
定期借家であることだけで、売却価格への影響がなくなるとはいえません。定期借家は、書面などによる契約と更新がないことの事前説明という要件を満たし、必要な終了の通知をしていれば原則として期間の満了で契約が終わりますが、その日に必ず退去が完了するとは限らず、残りの期間や契約内容、買い手の利用目的で評価は変わります。契約書で種類と期間を確認し、定期借家の場合は契約前の説明に使った書類や説明の記録、終了通知の記録も、手元にあるものをそろえて査定時に伝えてください。
出典・参考
- 法務省委託『借地借家法の更新拒絶等要件に関する調査研究報告書』(令和7年3月・公益社団法人 商事法務研究会)。参照事項=調査対象137件と正当事由が認められた73件(本文p.1-2)・裁判例【74】東京地方裁判所 令和3年12月14日判決(令和3年(ワ)第6631号・本文p.17, 20)・立退料の最低額27万円と最高額(本文p.33)
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00380.html(報告書PDF=001447355.pdf) - 東京高等裁判所 平成24年12月12日判決の紹介「建築後約40年を経過した建物の所有者による明渡請求が否定された事例」=一般財団法人 不動産適正取引推進機構 機関誌『RETIO』No.93(2014年4月)p.158-159
https://www.retio.or.jp/wp-content/uploads/2024/11/93-158-1.pdf - 島田博文「建替えを前提とする賃貸人の建物明渡請求訴訟に係る立退料の判例分析」『土地総合研究』2025年夏号 p.34以下。参照箇所=p.42(分析対象の説明=住宅11件・事務所4件・店舗55件)・p.56-57(判例一覧)
https://www.lij.jp/html/jli/jli_2025/2025summer_p034.pdf - 借地借家法(平成3年法律第90号)第26条〜第28条・第38条
https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
この記事は一般的な説明です。取り上げた裁判は、法務省委託の報告書とRETIOに載った要旨の範囲で書いており、判決の全文は参照していません。この記事では、当事者の氏名や物件の所在地は記載していません。立退料の額や明け渡しの可否は、貸主と借主それぞれの事情ごとに判断されます。家賃の12〜15か月分という数字は売主側の仲介としての個人の目安で、すべての家に当てはまるものではありません。個別の判断は、契約書・入金の記録・経緯を確認してからになりますので、実際の売却や明け渡しの交渉にあたっては専門家にご相談ください。