親御さんが施設に入り、実家が空き家になった。費用のこともあるので売却を考えたいが、本人はもう契約の判断ができない——。親御さんが施設に入られた後の空き家で、実に多いのがこの形です。結論から言うと、売れなくなるわけではありません。ただし、正規の道は一つで、時間がかかります。順を追ってご説明します。
民法は、意思表示の時に意思能力(自分の行為の結果を判断できる力)を欠いていた場合、その法律行為は無効と定めています(民法3条の2)。売買契約は本人の意思でするものなので、判断能力が失われた親御さん名義の実家は、本人はもちろん、ご家族が代わりに署名しても売れません。契約自体が無効です。
「同居の長男が実印と権利証を持っているから」「家族全員が賛成しているから」という事情は、残念ながら関係がありません。登記の場面では司法書士が本人の意思を確認しますから、本人の意思が確認できない取引は、決済まで進むことがそもそもできない、というのが実務です。
これは面倒な建前ではなく、本人を守る仕組みです。判断できない状態の方の財産が、周りの都合で処分されない——その保護の裏返しとして、正規の手続きが用意されています。それが成年後見制度です。
「認知症」と一口に言っても、程度はさまざまです。診断名がついているかどうかではなく、契約の内容と結果を理解して判断できるかで道が分かれます。
| 状態 | 進め方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 判断能力がある(軽度の物忘れ程度) | 本人が売主として通常どおり売却できます | 契約・決済の場面で司法書士が本人の意思を確認します。体調の波がある場合は、日を選ぶ・医師の診断書を用意するなどの配慮を先に組んでおきます |
| 判断に不安がある(まだら・波がある) | 売却を急ぐ前に、医師・司法書士に相談して本人の状態を確かめてから | 意思能力は「行為ごと・その時点ごと」に判断されます。無理に進めて後から無効を争われるのが、関係者全員にとって最悪の形です |
| 判断能力が失われている | 成年後見人を選任し、(居住用なら)家庭裁判所の許可を得て売却 | 本記事の3〜5章の流れです。時間がかかるため、施設費用の支払い計画と並行して段取りします |
迷うのは真ん中の段階だと思います。ここで大事なのは、売却の可否を不動産会社に決めさせないことです。判断能力の評価は医師と法律専門職の領分で、当社のような仲介会社の役割は、その判断を待って、価格と売り方の準備を整えておくことです。
おおまかには、次の順で進みます。
申立てから審判までの期間は事案によりますが、最高裁判所が公表している統計では、多くの事件が申立てから2か月以内に終局しています。そこから財産の把握・売却活動・許可と進むので、「売ろうと思い立ってから売れるまで」で見ると、半年前後かそれ以上を見込んでおくのが現実的です。施設の入居金の期日が迫っている場合は、この時間差を先に資金計画へ織り込む必要があります。
成年後見人が選ばれても、それだけで実家を自由に売れるわけではありません。本人の居住の用に供する建物・敷地の売却・賃貸・抵当権の設定などには、家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。現に住んでいる家だけでなく、施設に入る前に住んでいた家(生活の本拠だった家)も、居住用として扱われるのが通常の運用です。許可を得ずにした売却は無効と解されています。
許可の申立てでは、売買契約の内容(誰に・いくらで・どんな条件で売るか)と、売却の必要性(施設費用・生活費など)、そして価格が相当であることを示す資料を裁判所に出します。裁判所の申立て案内では、申立ての添付資料として不動産業者作成の査定書(売却する場合)が挙げられています。
当社がこの場面でお手伝いできるのは、まさにこの部分です。国土交通省の実成約データに基づいて、なぜこの価格なのかを第三者が読める形にした査定資料をご用意します。裁判所に出す資料ですから、高く見せる査定ではなく、根拠が通る査定であることがすべてです。
後見の申立てを検討している段階でも、実家の相場観を先に持っておくと、資金計画と裁判所への説明の両方が組み立てやすくなります。
おうち健診で相場の目安を見る(連絡先不要)ここは、始める前に必ず知っておいていただきたい点です。
成年後見は、家が売れたら終わり、ではありません。原則として本人の判断能力が回復するか、亡くなるまで続きます。後見人の辞任には正当な事由と家庭裁判所の許可が必要で(民法844条)、「売却が済んだのでやめます」は通りません。
専門職が後見人・後見監督人に就いた場合、その報酬は本人の財産から支払われます。金額は家庭裁判所が本人の資産や職務の内容を考慮して決めますが、東京家庭裁判所が公表している「成年後見人等の報酬額のめやす」では、基本報酬は月額2万円、管理財産額が大きい場合は月額3〜6万円程度とされています。売却代金が入れば管理財産は増えますから、売却後の報酬水準で、本人が亡くなるまで続く費用として見込んでおくのが誠実な計算です。
それでも、施設費用のために売却が必要な場面では、成年後見は本人の生活を支えるまっとうな道です。大事なのは、この継続コストを知らないまま「売るためだけ」に始めて、後から驚かないことです。
この記事を、親御さんがお元気なうちに読んでおられるなら、選択肢はもっとあります。
どちらも「判断能力があるうち」しか使えません。迷っている今が、いちばん選択肢の多い時点です。なお、後見・信託の設計は法律専門職の領分です。紹介元の先生がいらっしゃる場合はその先生と進め、いらっしゃらない場合はご希望に応じて提携の専門家をご紹介します。当社が受け持つのは不動産の側——相場の把握、売却の段取り、根拠の通った価格資料——です。
A. 委任状は、本人に判断能力があるうちに、本人の意思で作られて初めて意味を持ちます。判断能力が失われた後に作られた委任状で売ることはできませんし、失われる前の委任状でも、売買の時点で本人の意思確認ができなければ、実務では手続きが進みません。判断能力が残っているうちであれば、委任より任意後見契約など先々まで効く形を検討する価値があります。
A. 要ります。本人の生活のためという目的自体は正当ですが、居住用不動産の処分は目的を問わず家庭裁判所の許可事項です(民法859条の3)。施設費用の必要性は、むしろ許可の判断で考慮される事情なので、費用の見込みや本人の資産状況を整理して申立てに備えることになります。この整理は司法書士・弁護士の先生の領分で、当社は価格資料の面でお手伝いします。
A. 候補者としてご家族を挙げること自体はできます。ただし最終的に誰を選ぶかは家庭裁判所の判断で、財産の規模や親族間の意見の違いなどから、司法書士・弁護士といった専門職が就くことも珍しくありません。ご家族が選ばれる前提だけで資金や段取りの計画を組まないほうが安全です。
A. できません。判断能力を欠く状態の本人名義で結んだ売買契約は無効であり、後から後見人がついても、その契約が有効になるわけではありません。買主にも迷惑がかかります。必ず後見開始の審判が先です。売買は、(居住用なら)家庭裁判所の許可が下りることを前提に組み立て、許可を得て初めて有効に進められます。
宅地建物取引士(不動産の実務17年)が執筆し、株式会社ユーエスハウジングが監修しています。品川区西品川の事務所を中心に、相続・空き家のご売却を媒介(仲介)でお手伝いしています。高齢のご本人やご家族の売却では、司法書士・弁護士の先生方と役割を分けて進めます。法律判断は先生方、不動産の実務と価格資料は当社——この線引きを守ることが、結局いちばん早く安全だと考えています。
施設費用の期日から逆算して、いつまでに何が要るかを一緒に整理します。おうち健診なら、住所を入れるだけで実家の参考相場が出ます。連絡先の入力欄はありません。
この件を相談する(無料) おうち健診(連絡先不要)※本記事は2026年8月2日時点の一般的な情報のご提供を目的としたものです。後見開始の審判・居住用不動産の処分許可の要否や見通しは、個別の事案によって異なります。判断能力の評価は医師の、法的な手続きは司法書士・弁護士の領分であり、実際の進め方は必ず専門家にご確認ください。報酬額・審理期間は裁判所の公表資料に基づく一般的なめやすであり、個別の事案で異なります。